投稿者: Kumie Nakamura

  • モコちゃんと私(1)

    気が付けば、来週から3月ですか!早いですね~。。。

    今回は年寄り猫の「モコちゃん」のお話しをしたいと思います。

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    モコちゃんはメス猫でした。三毛猫模様の長毛種でチンチラのようでした。(定かではありませんが・・・)若い時から気位が高く、他の猫はいっさい寄せ付けませんでした。ケンカも強く、一人で生きているようでした。唯一、仲が良かったのはオス猫のチャトラン(前述のトラ猫)だけでした。

    動物はあっという間に年をとってしまいます。モコちゃんも例外なく、大きな体がだんだん小さくなり、美しかった毛皮がショレショレになってきて、とっても小さなおばあちゃん猫になりました。それでも気が強くて、チャトランとだけ仲良くしていました。

    ある雨が降った翌日のことでした。家族で買い物から帰ってくると、玄関の真ん前に小さなモコちゃんがうずくまっていました。彼女は今まで家の中に入ったことはなく、母からごはんをもらって、家の庭をテリトリーにしていました。だから、そんな彼女を見た母親は「どうしたのかしら?」と驚きました。「具合でも悪いのかしら?」雨が降って、泥水で汚れたモコちゃんは、いつもよりうんと小さく見えました。

    「とにかく、お風呂に入れて暖かくしてあげたら?」と戸惑う母を促し、いったん、家の中に入れることにしました。手早くお風呂に入れて、タオルでくるんで、体温を保つように暖かくしました。1月の寒い冬の日のことでした。

    めずらしく写真に写ってくれたモコちゃん

  • チャトランと私(4)

    子供のうちに片目になったチャトランは、少し高い場所から飛び降りるときに失敗することがありました。左右のバランスがとりにくかっただろう、と思います。「猫なのに、かわいそう。」とそのときは思っていました。けれど、本人はまったく気にする様子もなく、ずっこけた着地の態勢からそそくさと歩いていきました。

    せっかく残った片目が、ケンカのせいで腫れて、「やっと見える」くらいしか開かなくなったとき、「これはマズイな。」と思いました。オスはなわばり争いの喧嘩があるし、目が見えにくいと、若い元気な猫になわばりをとられてしまうからです。「夜は必ず帰ってきなさいね。」と言い含めても、外に置いた箱にいないことがよくありました。そういうときは「怪我をして、帰れないんじゃないか。」と心配しました。

    今でも気がかりなのは、チャトランが「自分が家族から嫌われて家に入れなくなった」と思っていなかったかどうかです。青年期になって家を出るようになったころから、マーキングをするようになったのでチャトランは外猫として飼われることになりました。本当なら避妊手術をして、一生家の中で飼えば良かったのかもしれませんが、避妊手術に不賛成だった家族は彼に手術をしませんでした。これは良い・悪いではなく、飼い主の価値観なのでなかなか難しいところです。

    柴犬ハチの散歩にでかけると、チャトランはいつも一緒についてきました。車の通る道を歩くので、「危ないからお帰り!」と何度もいいましたが、つかず離れずの距離で、ハチと私の後をチョロチョロ歩いてきたことを思い出します。きっと、ハチのことを「大きな猫」と思っていたのでしょうか。自分も仲間に入りたかったのでしょう。

    動物と一緒に住んでいると、「心が通じたのかな?」と思うようなことが多々あります。それぞれは小さなことですが、そして、偶然かもしれないのですが、どうしてもそう思えるときがあります。

    チャトランがきちんとトイレをしてくれたとき。
    チャトランが布団の足元から移動したとき。
    チャトランがチビを優しくむかえたとき。

    彼はいったい何を思っていたのでしょうか。

    チャトランは天使になった今でも、ときどき私の元を訪れてくれます。そういうときは、夜、布団の足元に近づいてくる重さを感じます。やわらかい毛布をフミフミしてから、やがて、私の足元に丸くなる重みを感じます。「ああ、来たんだな。」と思うと同時に、「あのとき、本当は一緒に寝たかったんだなあ。」と生きていた1年前のことを思い出します。

    ペットが亡くなると「もっと優しくしてあげればよかった」とか「もっと言うことを聞いてあげればよかった」などと、飼い主として自分を責めることがあります。私も「あのとき、重くても我慢して、一緒に寝てあげればよかった」と思ったことがあります。でも、今おもうのは、あのとき我慢していたとしても、きっとチャトランはそれを見抜いただろう、ということです。

    ペットを1度迎え入れたなら、本当に愛しているよ、ということを何度も何度も伝えてあげることはとても大事なことです。何度伝えても、多すぎるということはありません。(人間もそうですね)そして、最後の瞬間まで看取ってあげる勇気と意思が必要だと思います。

  • チャトランと私(3)

    チャトランは怪我の多い猫でした。何かの罠にかかったのか、尻尾を半分にちょんぎってきたことがありました。皮1枚でプラプラつながっている尻尾を見つけた母親が驚いて私を呼び、つかまえようと外にでると尻尾がポトリ、とベランダに落ちて「きゃーっ!」と大声をあげたものです。落ちた尻尾は「ご遺体」として母と庭の片隅に埋めました。猫は我慢強い動物です。どんなに痛かっただろうと思うのですが、チャトランは黙ったまま、じっとしているのでした。

    片目のチャトランの、大きな目がケンカが原因なのか、まぶたを腫らして帰ってきたことがありました。目は治ることがなく、だんだんと細い目になっていきました。猫の爪には毒があるといいます。世界が見づらいだろう、と可哀そうに思いましたが、もしかしたら、彼は世界を見たくなかったのかもしれません。それでも、何かの気配を感じるとじっと耳をそばだてて、ギリギリまでじっと目をこらして、信じられない俊敏さで動くのでした。
    

    ベッドを独り占め

    2月のある日、私は新しい家に引っ越すことにしました。チャトランはその数日前から、私に愛想をつかしたかのように他人行儀にふるまっていました。「前はあんなに甘えてくれたのになあ。」と少しさみしく感じつつも、自分の気のせいかなあ、とも思ってみたり。けれど、チャトランはその日の朝でていったきり、戻ってきませんでした。

    引っ越したのは古い家だったので、あちこち修理が必要でした。ペンキを塗ったり、磨いたり、部品を替えたり、毎日毎日掃除をしました。忙しさにかまけて、チャトランのことは少しの間忘れていました。

    ふと、「チャトラン、どうしてるかなあ。家には入れてもらえないだろうからなあ。」と心配になることがありました。寒いだろうなあ、チピと仲良くしてるかなあ、と気になっても「まあ、しょうがないか。」とあきらめていました。

    今にして思うと、チャトランは私の自立を助けてくれました。あそこで甘えられたら、きっと、引っ越す時期を逃したかもしれません。つんけんした態度だったから、チャトランのことをあまり心配せずにすんだのでしょう。

  • チャトランと私(2)

    2010年の1月、ある寒い夜に、それまで外で過ごしていたチャトランがめずらしく家の中に入りたがりました。寒いからかな?と思いながらもオス猫は室内にマーキング(おしっこをして自分の匂いをつけ、テリトリーを作る)をするので、どうしようと思いました。そこで、チャトランを抱いて言い聞かせました。
    「チャト、あのね、家の中でおしっこすると嫌われるんよ。そしたら、また外に出されるからね。だから、ちゃんとトイレでおしっこしてね。いいね?」
    チャトランは黙って家の中にはいり、あちこち匂いをかいでから自分の場所を探しました。そして、部屋の片隅にあった椅子に座って、毛皮の手入れを始めました。トイレはわかりやすい場所で、エサを置く場所からは遠い場所に置きました。チャトランは夜中に数回起きてトイレをしました。そのたびに、懐中電灯を照らして見ましたが、彼はちゃんとトイレで用を済ませたのでした。

    夜寝ていると、チャトランが椅子から布団の上に移動してきて、丸くなるのがわかりました。私の足元でした。結構な重さを感じながら、寝返りが難しいなあ、と思った私は「チャトランも私も、ぐっすり眠れる方法がないかなあ?」と思いました。不思議なことに、その瞬間、チャトランは布団の上から降りて、自分の椅子に戻ったのでした。

    チャトランには子分がいて、名前を「チビ」といいました。チビは大人になってからもチャトランを慕って、本当の兄弟のようでした。チャトランはよくチビを舐めてあげました。そんな時、チビは気持ち良さそうにうっとりとした顔をしていました。母親が野良猫だったチビは早くに親から離れたので、チャトランが家族代わりでした。

    チャトランとチビ

    チャトランが家の中で眠るようになって数日、夜いっしょに寝ていたお兄ちゃんがいなくなったチビが、淋しがって鳴くようになりました。ご近所の迷惑にもなるから、ということでチビも夜だけは家の中に入れることになりました。

    青年期だったチビは元気いっぱい!家の中をめずらしそうにあちこち匂いを嗅ぎまわって探検しました。マーキングをしないかとヒヤヒヤしましたが、やがて、お兄ちゃんのそばに落ち着いて、一緒に毛皮の手入れを始めたのでした。

    チャトランは、朝になると自分のテリトリーを見回りに出て行きました。オス猫の大事な儀式のようでした。

  • チャトランと私(1)

    チャトランはどの猫とも違っていました。驚くほど頭が良く、自己主張がはっきりしていて、弱いものには優しく、子分を守るときには素晴らしいリーダーシップを発揮していました。また人間だけでなく、犬とも美しいコミュニオンを創りあげていました。

    チャトランは3男でした。上の兄弟は大きくて健康で、まるまると太ったきじ猫でした。チャトランは体が小さめで、トラ模様でした。お兄ちゃんたちが外へ遊びに行っても自分は家の中にいるようなマイペースな猫だったのですが、きっと、自分はお兄ちゃんたちほど体が大きくないので危険な目にあうのを避けていたのかもしれません。チャトランは小さい時から、家で飼っている雌の柴犬にじゃれついては私たち家族を驚かせたものです。「小さいのに怖くないんだねえ」と家族は感心しました。柴犬のハチはチャトランがすり寄ってくるとなぜか嫌がって(猫のニオイに反応したのでしょうか)あたふたと逃げていました。
     
    チャトランの可愛い手

     私は東京に長く住んでいたので、実家にいるチャトランに会えるのは年に数回でした。帰るたびに大きくたくましくなって、ケンカの傷跡が増えたり減ったりしていました。チャトランは子猫のときに病気で片目をなくし、それ以来、右目だけで生きていました。片目になったあとも、兄弟たちは彼に優しく、またチャトランも生き生きと楽しそうでした。人間ならきっと、周囲の人が「片目をなくして可哀そう」と思ったり、本人は「どうして私がこんな目にあうの!」と悲しんだりしたことでしょう。猫たちはそのどちらでもなく、両目があったころと同様に生活していたのでした。

    最後にチャトランと会ったのは2010年2月2日でした。